2007年7月31日火曜日

脳の揺らぎ

自分の意志が人生をエネーブルする、と信じてやみくもに試行錯誤しています。
そう信じたのは、わくわくと幸せそうに生きている人たちの話を聞いたり読んだりし、また自分の経験から直観的にそうだと思ったからです。一方で、科学的・生物学的にも、きっとそうではないかと思っていたら、まさに!と思うメッセージを読みました。

「[図解]あの人はいつ勉強しているのか?」(PHP研究所)という本の中で、池谷裕二氏が説明している内容がそれです。
最近の脳の研究では、人間の行動を決めるのは「自由意志」ではなく、「脳の揺らぎ」だという実験結果が出ているとのことです。脳の揺らぎを増やすこと、それにはまず動いてみること、身体を動かしてみることだ、とのことです。また、「夢を持つこと」には効用があり、思い描くだけで、身体が勝手にその方向に近づく、とのことです。

自分のめざす方向に向けて、背中を押してもらった気がして、ちょっぴりうれしいです。

2007年7月30日月曜日

投票の電子化

参議院選挙の投票に行きました。
郵送された書類を係りの人に渡し、名簿で照合し、紙に記入し、投票箱に入れます。
こちらはそこまでですが、その後には、集計・集計結果の確認の作業が待っています。
おそらく、熟練した人が手際よくやるのでしょう。
でも、やはり電子化したらどうだろうかと思ってしまいます。
携帯電話であれば、本人確認もされています。
統計的にどうかわかりませんが、若い世代ほど投票率が低いのであれば、そのとりこみのためにも有効でしょう。
やり方を変えていかないと、民主主義の進化も進まないと思います。

2007年7月27日金曜日

教育者

最近、2人の教育者のお話を伺い、教育のプロの志にふれる機会がありました。
1人は、ハワイ大学の副学長をつとめ、いまは日本の大学で時事英語や比較文化論を教えている女性です。日本の学生とアメリカの学生の行動様式の違いなどについての彼女の話は興味が尽きません。教育の専門家、教育のプロとしての気迫は大変なものです。
もう1人は、全寮制の中学校・高等学校を30年前にゼロからつくりあげた創設者です。50歳から行動したのですから、驚くべきエネルギーです。みずからも60年に渡る教員としての誇りをもち、プロの教員を育てています。
それぞれ70歳、80歳というのに、脱帽の若さとエネルギーです。
刺激を受けるとともに、教育界でお2人に続く世代の元気さはどうなのか、ふと知りたくなりました。

2007年7月26日木曜日

サマーキャンプ

こどもたちが夏休みに入り、小6と小4は、2泊3日の空手の合宿に行ってきました。小1もいるので、夏休みをどう過ごすのかが頭の痛いところです。
アメリカでは、1週間単位から、いろいろなサマーキャンプに行かせると聞きます。日本でも、1週間や2週間、長野や北海道などに行って自然に親しむ、というようなキャンプがあるようです。でも、小4以上とか、いろいろと条件が合わなくて、いっぺんに解決するわけではないので困ります。
来年こそは、はやくから計画して、こどもの思い出にもなる1週間以上のキャンプに送り出してやりたいと思っています。と、去年もそう言ってたような気が・・・。

2007年7月25日水曜日

'Globalization' a dirty word?

CCN.comで、「'Globalization' a dirty word?」というニュースをやっていました。
グローバリゼーションの恩恵を受けているというよりは、モノの品質低下、職の機会が減ったり、労働賃金が下がったり、という恨みつらみがたまってきているという話です。
米大企業は、グローバリゼーションによって利益構造が地域的に多角化し、アウトソーシングなどによるコスト低減で増益となる会社が目立ちます。
一方で、グローバリゼーションが個人を幸せにしているのか、という疑問が出始めたということでしょう。
グローバリゼーションが、文化の多様性にどのような影響を及ぼすか、というテーマも、これから問われていくのだと思います。
グローバリゼーションは、とめようのない大きなうねりです。その波にのせていくもの、のせずに守るもの、という区分けをよほどしっかりしていく必要があるでしょう。

2007年7月24日火曜日

ラジオ体操

こどもの夏休み、朝のラジオ体操が始まりました。
育成会の人たちがもちまわりで当番となり、ラジオをかけて一緒に体操し、解散の際にハンコをおします。
体操をしているのは、正味で5-6分だと思いますが、真剣にやるとけっこういい感じで1日をスタートできます。
日本全国津々浦々、毎朝このように運営されているというのは、なかなか凄いことです。
このような良い習慣をみんなで続けていくことのありがたさを、あらためて感じます。

2007年7月23日月曜日

教育

長男の進学を控え、わがやは学校ブームです。
どんな学校があるのか、遅まきながらまわっています。
それぞれに特色があり、精力的にアピールして未来の生徒をひきつけようとしています。
傾向としては、英語、パソコンなどの教育に特色を出そうとしているように思われます。
全寮制という、今までまったく知らなかった世界も見てみました。
これも、思春期にいろいろ苦労もあるでしょうが、良い面がたくさんありそうです。
最終的にどこに着地するのか、いまから楽しみです。
それにしても、教育も「選ぶ」時代であり、こちらの選ぶ力を問われているのだなあと実感しています。

2007年7月20日金曜日

村上被告に実刑判決

村上ファンドの村上被告に懲役2年の実刑判決が下されました。
ホリエモンといい、村上被告といい、あれだけ時代の寵児としてもてはやされて、見るも無残ないまの姿です。
まさに、「盛者必衰のことわりあり」。
人間の性として、どうしても負の面、有名人の転落するというワイドショー的要素に興味をおぼえます。
一方で、資本市場をより公平なものにしていく、旧体制を打破する、という正の側面もあったわけです。
村上被告は、能力といい、実績といい、そのためのロールモデルになれる人だったと思うので、残念です。
志のある次の人たちが出てくることを祈ります。
時代が求めているのは、ロールモデルだと思います。
どうも、反面教師ばかりが表に出てきますが。

それにしても、失敗がなく、能力のある人の落とし穴は、おごってしまうことのようですね。

2007年7月19日木曜日

CSR

CSR(Corporate Social Responsibility) という言葉をよく聞きます。
CSRに熱心な企業を中心に投資するCSRファンドもあるほどです。

たしかに、株主からの期待にこたえて営利追求が第一義となる企業に、CSRという軸を植え付けることは大切なことです。
一方で、「C(Corporate)」ばかりに目を向けるのもどうかと思います。
私個人は、21世紀はCからI (Individual) の世紀になると思っています。
個人が、CSRという言葉で社会貢献をいわば「他人事」にしてしまうことを危惧します。
20世紀の「会社」が人生や社会を支配する、という旧体制を温存させるためのキーワードともとれます。

ISR(Individual Social Responsibility) という言葉があるか知りませんが、個人の社会貢献意識を高めていくことこそが、21世紀のチャレンジです。

2007年7月18日水曜日

ダウ14K?

ダウ平均が7月17日終値で13,971.55ドルと、14,000ドル突破目前です。
今年になって13,000ドル突破したばかりなのに、もう14,000ドルとは驚きです。
すでに15,000ドル?という声も聞かれます。
ブル派のひとつの理由づけに、グローバル化があります。
米国大企業の利益の3分の1は海外から得ている、などのデータをもとに、企業活動が分散・多角化しており、新しい成長の流れにあるというものです。
なんとなく、2000年以降のITバブルのころにいわれたニューエコノミーについての理由づけを思い出し、ちょっと不安でもあります。
momentum driven market(勢いにひきずられるマーケット)についての懸念も引き続きあります。
まあ、市場に欲望がある限り、長期的には上がるということなのでしょう。

次は、NASDAQに流れが向かうと思われますが、どうでしょうか。
7月17日終値で2,712.29ドル。ITバブルの5,000ドル超へはまだまだ遠いです。
欲望の力はきっと、その距離も埋めてしまうのでしょう。

2007年7月17日火曜日

お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい

金曜ドラマで、「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」を見ました。
重度の脳性まひのやっちゃんが書いたこの詩を私が知ったのは、20年以上前のことです。
悲しい詩だなと思うとともに、「ごめんなさい」と言わなくてすむ世の中になってほしい、という願いがこめられていたと知って、やっちゃんの強い意志と勇気を感じました。

いま、こどもたちの父としてあらためてこの詩を読むと、親子の愛情と絆が感じられてきます。
やっちゃんは、おかあさんと一体化しているぐらいにおかあさんを愛し、その感謝の気持ちがそのままこの詩になったように感じられるのです。

それにしても、この詩が生まれて30年がたって、やっちゃんに見せてあげたい世の中になったでしょうか。

ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん
ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくはいう
ぼくさえ 生まれなかったら
かあさんの しらがもなかったろうね
大きくなった このぼくを
背負って歩く 悲しさも
「かたわな子だね」とふりかえる
つめたい視線に 泣くことも
ぼくさえ 生まれなかったら

ありがとう おかあさん
ありがとう おかあさん
おかあさんが いるかぎり
ぼくは生きていくのです
脳性マヒを 生きていく
やさしさこそが 大切で
悲しさこそが 美しい
そんな 人の生き方を
教えてくれた おかあさん
おかあさん
あなたがそこに いるかぎり

(「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」 向野 幾世 (著) 産経新聞ニュースサービスより引用)

2007年7月13日金曜日

HMD(ヘッドマウントディスプレー)

オリンパスが、配線のない眼鏡型のディスプレー(HMD)を試作したという記事を読みました。
マイケル・クライトンンの作品に、コリドー(廊下)とよぶ機械をHMDをかけて歩きながら、まるで書庫をバーチャルにみているように電子ファイルを探す、という描写がありました。この小説では、メガネでみているバーチャルな視覚に酔ってしまい、ひどい目にあうという展開でした。

オリンパスの配線なしのHMDは、2012年ぐらいの実用化を目指すということです。きっとクライトンの小説のような副作用は解決されているのでしょう。ユーザーインターフェイスの進化は、テクノロジーの進化の最後の聖域のひとつでもあり、楽しみのひとつです。

2007年7月12日木曜日

鰻と中国

お昼に久しぶりにうな重を食べていたら、テレビで「中国の食品管理の問題が発生している中、輸入ウナギの国内消費が7月に入って大きく落ち込んでいる」とのニュースがありました。

先日も、USで「中国製品を使わずに生活することを試したら、どれだけ中国製品に囲まれていて、それなしには不自由かということがわかった」という記事を読んだばかりです。

日本でも、中国から輸入したものなしに生活することは、とても不自由なことなのでしょう。そうはいっても、食べることは生きることであり、また、生きものの生命を頂くわけなので、できるだけ自然に近い形で頂いて、ありがとうと言いたいものです。
そして、いつまでも安全でおいしい鰻を楽しめますように!

2007年7月11日水曜日

Secret

先日、5年ぶりに会ったアメリカ人が、アメリカではSecretというのが大流行だと言っていました。
ちょど字幕付きの紹介ビデオがあったので見てみました。
http://jimaku.in/w/_b1GKGWJbE8/ae1POlJjQMK




メッセージは、

  • 引力の法則 Law of Attraction が誰にも作用している。


  • 自分の意識が、引力となって現実を引き起こす。


  • 偉人たちは、この秘密を知っていた。


  • ネガティブなことを考えていると、さらにいやなことを引き寄せる。


  • あなたの思考と感情があなたの人生をつくっている Your thoughts and your feelings create your life.


  • Feeling good がさらに良い気持ちを引き寄せる。


とても精神的な内容に思えますが、映像がおもしろくて、引き込まれます。

Jimaku.in というのもこれを機に初めて知りましたが、おもしろいサイトですね。

2007年7月10日火曜日

感情労働

恩師に、感情労働について教えてもらいました。

Wikipediaをみると、


  • 感情労働(かんじょうろうどう、Emotional Labour)とは、身体や知識だけでなく感情の移入を必要とする労働作業を意味する。

とあります。



介護やフライトアテンダントなどが代表例とのことです。

テクノロジーのたすけによって、人間がより人間らしいことにフォーカスできるようになっていくと、この感情労働という労働にフォーカスがいくのではないかと思います。

案外、新しい領域で、これから多くのことがわかってくるのかもしれません。

感情労働とテクノロジーとの交わりがどうなっていくかも、とても興味深いことです。

2007年7月9日月曜日

BBQ名人

週末に、こどもの関係で、BBQのお集まりがありました。
親の中に、BBQ名人と呼びたくなる人がいて、その手際良さに感心しました。
アルミホイルを活用して、じゃがいもやさつまいもやキャベツ半切り、きのこなどを包んだ物をあらかじめ用意し、それほど大きくない鉄板のまわりにしきつめ、エビやエリンギ、トウモロコシをさっと炒め、20人ほどもいる幼児たちにまず腹ごしらえをさせ、おとなたちがゆうゆうと肉を楽しむ。プロです。
段取りのいい職人技をみると、こちらまで気持よくなってきます。
なにごとも、一流の人はたいしたものです。

2007年7月6日金曜日

七夕に夢を

スポーツクラブに行ったら、笹の葉に短冊がたくさんかかっていました。
「5kgやせる」というたぐいから、「上を見て働き、下を見て暮らす」というまであって、けっこう楽しめます。
人は、願い事をもっていると、それだけで幸せの裾をつかんでいると思います。
笹の葉の短冊でも、神社の絵馬でも、自分の日記や手帳でも、enabLifeでも(!)、人の数だけの願い事が書かれていくと、書かれただけ未来へのエネルギーがわきます。きっと。

2007年7月5日木曜日

借金世代とインターネット革命

このごろ、2つのブログを見て、ちょっと考えこみました。

1つは、Generation Debt (借金世代)についてのものです。1989年以来USで増えた富は、55歳以上の世帯主の世帯に帰属し、若い世帯はかろうじてインフレと同等か、富を増やしてはいない。若い世代は、教育期間も長くなり、婚期も遅くなり、不動産をもとうにもすでに高騰しており、年金制度等を含むSocial Benefitにおいても負担が増している、という話です。ここで紹介されているUSA Todayの記事について、enabLifeでも「時代」として記録しました。
→ 米国、1989年以降に創造された富は、55歳以上の人たちへ

もう1つは、GoBigNetwork というビジネスSNSを運営しているWilといういきのいいおにいちゃんのブログです。
30歳を超えたら失うもっとも大切なもの
MyspaceやFacebookで高校の同級生がどれだけ登録しているかをみたら、1992年の自分のクラスではたったの1人(それも自分!)、2007年のクラスをみると251人全員。いまの世代は、この文化的現象にどっぷりつかっていて、誰かと協力し合うということを意識するまでもない、ということを言っています。

これまでの経済・社会のあり方が構造的に変わらなければ、ベビーブーマーもしくは日本の団塊世代から20歳代を中心とする若い世代への富のシフトは起きにくいでしょう。
その構造を変える(可能性をもっている)のが、インターネットであり、若い世代はインターネットでのネットワーキングや行動様式が息をするのと同じぐらい自然にできる世代だということです。
意識しないと(あるいは意識していても)行動様式の変化が遅い世代と、過去にとらわれない(あるいは知らない)世代。
インターネット革命が、次の世代に、いまはない形の幸せをもたらすことを願っています。

2007年7月4日水曜日

意志と意思

意志と意思ということばをあまり区別せずに使っていました。

広辞苑をみると

「意志」

  • (哲)道徳的評価を担う主体。理性による思慮・選択を決心して実行する能力。知識・感情と対立するものとされ、併せて知・情・意という。
  • (心)ある行動をとることを決意し、かつそれを生起させ、持続させる心的機能。
  • 物事をなしとげようとする、積極的な志。

「意思」

  • 考え。おもい。

夢をもって、夢に向かって行動し、決めたことをやっていく。その状態やそれをささえる力が「意志」。
夢の中にこめられた願い、「こうあってほしい」というイメージ、それが「意思」。

これからは、そういうふうに使い分けていきたいと思います。

ちなみに英語でいうと、意志がwill、意思がmindということのようです。

2007年7月3日火曜日

iPhone 狂想曲

2007年6月29日にUSでiPhoneが発売開始となりました。
Windows 95が発売されたとき、秋葉原で長蛇の列でしたが、今回はAppleに長蛇の列です。
いま、もっともHotな会社という証明です。
以前に、Macは大好きだけども、カスタマーサービスとのやりとりでひどい経験をしたことがあり、嫌気がさしてMacを離れました。
いまはiPodを使っています。
「iPhone 衝撃のビジネスモデル」(岡嶋裕史著 光文社新書)によれば、コンピュータの歴史において進歩が停滞しているユーザーインターフェイスの部分を革新するのがiPhoneということです。

Appleは、商品が時代の先を示していて大衆受けすれば、ほかもすべて輝いて見える、というお手本のような会社です。なんとも、不思議な存在です。

2007年7月2日月曜日

ソーシャルコンピューティング

久しぶりに恩師と飲み、いまごろソーシャルコンピューティングという言葉を知りました。
Wikipediaをみると、
Social computing is a general term for an area of computer science that is concerned with the intersection of social behavior and computational systems.
とあります。社会的な行動様式とコンピュータシステムとの交わりに関するコンピュータ科学の領域とのことです。
まさに、この領域がこれからの変化の中心にあるように思います。新しい試みがどんどん出てきて、目が回るほどです。
ソーシャルコンピューティングという奥深い言葉の意味と可能性を追いかけていきたいものです。

いやはや、それにしても、恩師はいつまでも偉大です。