2008年7月20日

好きな作家

好みというか、相性というのは、不思議なものです。
好きな作家というのが何人かいますが、その1人にジェフリー・アーチャーがいます。
この人は、ご自身の人生も波乱万丈のようですが、ずばぬけたストーリーテラーだと思います。
ふと、まだ読んでいなかった作品を見つけ、読みだしたのですが、とまりません。
いきなり冒頭からひきこまれてしまいます。
なにか、読んだとたんにスイッチがカチッと入る感じです。

相性で人生の選択や喜びがかなり左右されてしまうとしたら、ちょっとこわいような、もったいないような気もします。
でも、それが人間というものなのでしょうね。

2008年7月13日

人と話しているときに、その人についての印象の多くが、目によって決まります。
なんとなくぱっとしない人でも、話すうちに目がキラキラと輝く人。
自信のあらわれのような強い目をもつ人。
いかにも押し出しが強くても、目がドヨーンとしている人。

きっと、その人と話す中で形成されてくる、その人への理解とイメージが、目に映っているような気がしているのだと思います。
そうだとしても、やっぱり目が語るものに興味をもちつつ、目を見て話していきたいと思います。

2008年7月6日

料理の出し方

家族が外食したいというので出かけ、お目当てのところがいっぱいで、仕方なく別の焼き肉店に入りました。
けっこう繁盛しているのですが、飲み物が一向に出てこず、まずサンチュが来て、次にキムチがきて、肉が出てきます。
催促しても飲み物は来ない。
こどもとともに、げんなりしてしまいました。

まずは喉をうるおし、それからおもむろにあれこれと注文する。
そんな風にしてもらいたいと、想像力を働かせられるお店に行きたいものです。
想像力というほどのものですらありませんが。

2008年6月27日

ベンチャーキャピタルと子育て

ベンチャーキャピタリストの方と話していて、思わず「子育てと一緒ですね!」と言ってしまいました。
ピカピカの経歴を持っているその方の苦労は、投資先のオーナーやトップが、想定外のロジックで行動したり、環境も予想外の変化に見舞われたりすることだそうです。
自分で決断してきりもりするよりも、はたで見ているほうがじれったくてジリジリするようです。
ときに厳しく接し、ときには見守る。そしてその根底には、愛がある。
まさに子育てではないですか!

そんな話でつい、盛り上がってしまいました。

2008年6月21日

指圧

最近、指圧に行っています。
解説を聞きながら施術を受けていると、なかなか興味深いものです。
たとえば左肩の緊張をとるために、右手の親指の付け根を押す。
どうみても関連性がなさそうなところから攻めて行きます。

世の中のいろいろなことは、意外なところでつながっているのだろうなあ、などと余計なことを考えてしまいます。
そんなことを考えつつ、きょうも、よだれをたらしつつ、指圧を受けたところです。

2008年6月15日

小事は大事

人を育てるやり方には、いろいろあります。
まかせて失敗も経験させて育てるやり方。
軌道に乗るまでは、お作法をしっかりと仕込むやり方。

お作法を1つ1つ教えてくれる上司は珍しいかもしれません。
これはやはり、後継者を育てたいという愛あってのことだと思います。

大きな仕事をまかせ、守るべきお作法を仕込む。
これも必勝パターンのひとつではないかと思います。

小事は大事。
小さいことの積み重ねで道が開けてくるのではないでしょうか。

2008年6月8日

キックバック

財務省の官僚が、深夜に帰る際に、タクシーに乗る見返りに商品券などを受け取っていたという報道。
福田首相は言語同断と言っていましたが、「またか」と思うと同時に、心底情けなくなります。

民間企業ならば、「人数が多い場合や時間的に効率的である場合のみタクシーを使うが、原則は地下鉄などの公共機関を使う」というのが当たり前でしょう。
お国のために、電車があるうちには帰れないのかもしれません・
しかし所詮は、そのような体質を変えることなく、みみっちい甘い汁を吸って自分を慰めているだけ。
志も品位もあったものではありません。

タコツボ組織に埋没していると、当り前の善悪感覚がなくなり、勘違いが増幅するからこわいものです。

2008年5月31日

自分たちがNo.1

私が以前に勤めていた会社は、業界最大手の1つで、「この業界では自分たちがNo.1である」とすりこまれ、本当にそう信じていました。
「この業界で仕事するなら、いまの会社が一番。外に出るのは他業界の場合のみだ」とまで考えていました。

いま思えば、ただの傲慢と無知、世間知らずでした。
井の中の蛙、大海を知らず。

規模や業績では1番かもしれませんが、文化や取り組めるテーマや継続性など色々な尺度でみると、すばらしい会社はいくらでもありました。

「自分たちがNo.1」というのは、組織にとっては士気を鼓舞するにはよい言葉ですが、個人にとっては機会損失になりかねない妄想かもしれません。

2008年5月25日

遠距離通勤

久しぶりに会った知人が、長野県から東京都内に新幹線通勤をしているといいます。
時間は2時間弱。

こどもがこれから小学校ということで、住みやすい環境を選んだとのこと。

私自身、新幹線通勤が10年ほどになります。
「新幹線の振動による疲労がたまって、何年もすると身体がガタガタになるぞ」と言われたりもしましたが、いまのところ大丈夫なようです。

郊外には、ゆったりとした時間の流れと隣人のあたたかさがあります。

一方で、通勤に時間を使うと不愉快度指数が高まる、という見方もあります。

人それぞれでしょうが、悩ましいところではあります。

2008年5月17日

エッセーの力

著名人のエッセーも面白いですが、一般の人の何気ないエッセーにはっとすることがあります。
(ブログもそうですね。)

町内の回覧で回ってくる社協の広報誌にのっていた、聴覚障害者の女性のエッセーがそうでした。
このような内容です。

友人とレストランに行ってメニューを指さしながら注文したら、若いウェイトレスが同じようにメニューを指さしながら確認してくれた。しぐさがろうあ者そっくりで、実にわかりやすい。
ほかのお客への応対をみていると、普通に言葉をかわしながら確認しており、それぞれのお客に合わせた応対が無意識にできている。
友人と、彼女はCODA(コーダ)に違いないと話した。
CODAというのは、ろうの両親をもつ聞こえる子どものこと。
彼女のように気の利くやさしいウェイトレスがたくさんいてくれたら嬉しい。

静かな文章ですが、ガツンとくるパワーをもっています。

  • 注文の確認をぺらぺらしゃべられても、聞こえなかったら困るよなあ。でも、迷惑そうにまくしたてるだけのウェイトレスもいるのだろうなあ
  • CODA(Children of Deaf Adults)という言葉すら知らなかった。苦労し、悩んで成長するのだろうけど、きっと心やさしい人間になるだろうな
  • バリアフリーとかなんとかいうけど、1人1人の個人が、相手の立場にたって共感したり、理解することが基本だよな
  • ウェイトレスのプロというべき彼女に見習うことは多いな

などなど、いろいろと考えさせてくれ、またうれしい気持ちと希望をくれます。

なんだか、心にずっしりときました。

2008年5月6日

黒枠

冷や汗をかくときがあります。
思いもよらない失敗をしたときです。


もう20年以上も前に、所属していたグループの年次レポートの編集をまかされていました。
1回目の編集がわりと好評で、調子にのっていたのもあります。
2回目(2年目)の表紙を奇抜なものにしたいと、写真を真中にもってきて、強調するために太い枠をつけました。
枠の色は黒です。

すりあがったものを見て、理事長が絶句しました。
すなわち、写真の黒枠という、とんでもないことをしていたわけです。


当時20歳そこそこで、黒枠が縁起でもないという社会常識をもたない非常識男でした。
いま思い出しても冷や汗が出ます。頭の中が白くなります。


読売新聞の報道を見て、あらためて思い出しました。
担当者のうっかりだったとしても、常識ある人のチェック(上司、同僚、印刷会社など)があれば起きなかっただろうなあと思います。

逆説的には、こういうことがあるとあらためて、昔からの慣習を知ることの大切さを知る機会を与えられるのではないでしょうか。前向きに考えるとしましょう。



以下、YOMIURI ONLINE からの引用です。


木更津市が4月10日に発送した、後期高齢者医療制度(長寿医療制度)に基づく保険料の通知書について、市民の間から「封筒のデザインが訃報(ふほう)を連想させる」などの苦情が相次いでいる。
 この封筒は紙の色が白く、対象者の名前を太い黒枠で囲んだデザインとなっている。市保険年金課は4月15日の保険料徴収開始日を前に、75歳以上の市民約8100人に封筒を発送。ところが、その直後から「遺影のようで不愉快」などと訴える電話が20件ほど寄せられた。
 同市では市民税通知書は青、国民健康保険は緑色などと、市民が判別しやすいように封筒を色分けして送付している。
 同課は「お年寄りの方が文字をはっきりと見やすいように工夫したつもりだが、配慮が足りなかった」と釈明している。
(2008年5月2日 読売新聞)

2008年5月5日

キャンプの魅力

こどもたちが、湘南自然学校のキャンプから帰ってきました。
西伊豆で2泊3日。
4歳の娘は、ホームシックで泣いたりしたそうですが、帰宅すると楽しかったことをしゃべり通しでした。

リーダーとよばれる引率者の方々は、さすがキャンプのプロという印象。
それぞれの子のキャンプでの動き方、長所、これからさらに伸ばしたいところ、などを丁寧に書いてくれています。
なにしろ、1日24時間密着した上でのフィードバックなので、納得です。

これがもしもキャンプに行かずに家にいたら、「時間を有意義に使え」という親と「のんびりしたい。うるさい!」という子との葛藤に明け暮れ、親子共にイライラがつのっていたでしょう。

なにごとも、プロにまかせるに限る!とあらためて痛感しました。

2008年5月2日

ジバク

「嫌われ松子の一生」の山田宗樹の「ジバク」を読みました。

ファンドマネジャーから人生が暗転し、転落していく主人公と同じ年代なので、よけいにひきこまれて一気に読みました。

豊かな人生をつくっていくのは、地道で時間のかかること。
一方、それを崩すのは簡単であっという間。

そんなことをしみじみと感じます。

一方で、主人公が悲惨な人生を振り返り、燃えるような心でいたころを愛しむシーンは、感動的です。
世間的には悲惨でも、本人にはかけがえのない瞬間、生の証。そんな時間をもてることは幸せです。

なかなかの力作でした。

2008年5月1日

ガソリン行列

ガソリン行列に並びました。
国道沿いのスタンドで、20-30台、朝からずっと並んでいるとのことです。
それぞれ10-20分待たされ、アイドリングで排気ガスは出続け、通行車両には渋滞で大迷惑。

この混乱、ますます政治不信になります。

世情にいやな空気が出始めるときというと、歴史はインフレを思い出させてくれます。
かつて来た道がまたやってこないことを切に願います。

2008年4月30日

通行人か花を植えるか

人の数だけ人生があります。

通行人として、いろいろなところを見て、店にたちより、ちょっとした会話をかわしてまた次の場所にいく。
道端に、花を植え続ける。
新しいお店をひらいて、人を呼び込む。

このような比喩で考えると、人の生き方というのはどれがいいということもなく、それぞれに与えられた天分と運命のようなものを感じます。

通行人には通行人のよろこびが、花を植える人にもそう、店を営む人にも同様に。
それぞれのありかたを肯定し、敬意をもちつづけたいものです。

2008年4月29日

夢中と燃え尽き

夢中でなにかにうちこんでいるときは、幸福な瞬間です。
なにしろ、夢の中ですから。

燃え尽き。これはあまり幸福ではありません。
まっ白に燃え尽きた「あしたのジョー」は、他人の感動をもたらしますが、本人は・・・?

ジョーは例外であり、多くの場合、人は火を灯し続けているほうが幸せでしょう。
ときに火が燃え盛り、めらめらとすることもいいでしょう。
でも、ふぅーっと消えないようにすることが、豊かな人生のための知恵です。
燃え尽きる前に、自分を守る方法は、人によりさまざまでしょう。
中でも、自分を知ることと、他人の助けを求めること、の2つが大切ではないかと思います。


2008年4月28日

ドジ - またやってしまった・・・

またやってしまいました・・・。

得意の大ポカです。

日時を約束した電話を、完全にすっぽかしてしまいました。
翌朝に気付いて青ざめた次第です。

これまでも数々のポカがありました。
曜日を間違えたり、月を間違えたり、ほかのことに気を取られて完全に失念したり。
その都度、関係者の方々にご迷惑をおかけし、自己嫌悪におちいってきました。
妻にも、「よくそれで仕事をしてこれたね」とあきれられています。

スケジュール帳をダブルチェックしたり、財布にメモをはさんだり、アラームをかけたりと、あの手この手は試みますが、油断したころにドジがやってきます。

自分はドジである、というのを標準ラインにおいて、リスク管理を徹底する必要があると、あらためて反省しました。

ドジにつける薬はないのかもしれませんが、自分なりに治療を続けたいと思います。

ドジ迷惑をこうむった方々、謹んでお詫び申し上げます。

2008年4月25日

すでにもっているものを見直してみる

今週は、メルマガのコラムで、いいなあと思うものがありました。

マネックス・メールに寄稿しているファイナンシャルプランナーの中村芳子さんのコラムです。
マネックスメール<第2142号 2008年4月23日(水)夕方発行>

「もっと・・・を!」という強迫観念をすりこまれている私たち。
これでは、いつまでも追いかけられているようなものです。

そうです。
すでにもっているものに感謝し、楽しむことを忘れてました!
ファイナンシャルプランというと、「お金を増やす」ということに目が行きがちですが、このコラムのような観点はとても貴重だと思いました。
名コラムです。

と思ったら、休職されるとのことで、ちょっと残念。

2008年4月23日

裁判傍聴

ふと、裁判の傍聴というのをしてみました。
空港のように持ち物検査をされ、開廷表なるもので法廷と予定時間と内容を確認し、そっと傍聴席に座ります。
法廷が各フロアにたくさんあり、迷うほどです。
最初に入るときにはドキドキしました。
聴いていると、テレビドラマ以上にドラマチックな内容がくりひろげられています。
覚せい剤、買春、ストーカー、・・・。

裁判員制度のスタートを前に、自分のこれまでの無知・無関心を恥じることとなりました。
これからは、機会があれば裁判傍聴に時間を使おうと思います。

裁判所ウェブサイトにある法廷ガイドを読んでおくと、より理解が深まります。

2008年4月18日

キャリア・チェーン

Value Chain (バリュー・チェーン)、Supply Chain(サプライ・チェーン)ということばがあります。

企業活動において、仕入れた原材料に価値を付加していき、利益に至る一連の連鎖がバリュー チェーン。それをさらに企業単体から関係業者・顧客へと範囲をひろげてとらえるものがサプライ・チェーンです。


人のキャリアも同じようにチェーンで考えることができます。

就職(この仕事がしたい)・就社(この会社に参画したい)・起業のいずれにしても、動機や偶然、縁があり、異動や転職、アライアンスでの関係、社外取締役としての参画など、連鎖が続いていきます。


まったく関係ないことをはじめたようでも、同じ人のことですから連鎖がどこかしらあります。

キャリア・チェーンを整理する・描いてみることも大切そうですね。




2008年4月17日

ちっちゃなズボン

洗濯物を干しているとき、ふとみると娘のズボンです。
とてもちっぽけに見えました。

ふだんは、4歳なのに口は達者で、ついこちらもムキになったりしてしまいます。
ズボンをみて、しみじみとまだちっちゃいんだなと思いました。

すぐにこのズボンもはけなくなり、口だけでなく体も生意気に大きくなるのでしょう。
こどもの成長は立ち止まることがないですが、親は瞬間瞬間を記憶にとどめたいものです。
といいつつ、撮りっぱなしで見てもいないし焼いてもいない写真やビデオがたまる一方です。


2008年4月16日

質問の意味

外国籍投資信託の売却手続きでのことです。
「確認ですが、これは解約請求ではなくて買取請求となりますが、よろしいですか?」
ときかれました。
「どう違うのですか?」ときくと
「この商品はそうなっているのです」としか説明してくれません。

こちらの勉強不足ということなのでしょうが、確認のための質問をする以上、その内容や意味あい、留意点を説明してほしいものです。

電話での注文で、完了まで25分かかるというのもどうかと思います。
ちょっと残念な顧客体験でした。

2008年4月15日

書くことの効用

人はなぜ書くのでしょうか?
考えを伝えたい、記録に残したい、表現したい。
いろいろな動機があるでしょう。

書く、ということには、自分の中にあるものをいったん体の外にとりだして、リセットする効用があるように思います。

たとえば夢や目標を書き出す。
自分の体内にあるものをとりだして、文字にすることで、さらにエネルギーをこめることができるのではないでしょうか?

書くことが喜び。そういう境地にいられると幸せですね。

「夢は、紙に書くと現実になる!」という本を読んでいて、そんなことを考えました。


2008年4月14日

子をおもう親の気持ち

長男の中学校寮生活がスタートしました。
心配のあまり、なんだかんだと世話を焼きたがる親になってしまい、少々うろたえています。
いつまでたっても、親はこどものことに頭を悩ませ、胸がいっぱいになってしまうものなのでしょうか。

「こどもはほっとけば育つ」と言われますし、自分もずっとそう思ってきました。
勝手に育ってきたと思ってきた自分の傲慢さを、いまは恥じるようになってきました。
ひとりだちするまで、あっという間なのでしょう。
そのあっという間を、せいいっぱい楽しみたいと思います。

2008年4月11日

異質なものを受け入れる

企業の多様性についてメディア会社で、多様性の観点からの企業ランキングなどを出しているDiversityInc の記事や企業ランキングなどを見ていると、なかなか示唆に富んでいます。

特にグローバル企業にとって、多様性を企業文化にとりこむことは、持続的成長のための大きな成功要因です。
異質な文化を受け入れるためには、異質なもの・自分とは違うものへの興味・関心・好奇心が必要だと思います。
したがって、多様性を企業文化とするためには、それを受け入れる好奇心にあふれる社員を採ること、多様性のもつ意味・効果を社員にわかってもらうこと、異質なものへの関心をよびおこすようなコミュニケーションやイベントなどが有効になります。

異質なものにふれ、知るほどに人生は豊かになる。
そう信じる人が1人でも増えることで、グローバル化は未来につながる何かを生んでいくと期待しています。

2008年4月10日

与党と野党

いまの政治の混乱は、皮肉な意味でいろいろなことを根本から考えさせてくれます。

福田内閣が機能しているとは思えませんが、これだけ訳のわからない駄々っ子たちをかかえて、それでもまだ「そこに在る」のは、ある意味で立派です。

その心の強さの芯がどこから来るのか、なかなかできないことです。



民間企業にあてはめてみると、現経営陣の足を反対勢力が駄々をこねながらひっぱり続けているようなものです。

そんな会社の製品やサービスを、長い目で見て消費者が買い続けるでしょうか?

ある程度は、現場のがんばり・ふんばりでもつでしょう。

でも、いずれ現場も疲弊し、アホな上に嫌気がさします。



こんな簡単なこと、国家の上(?)の人たちにわかってほしいものです。

2008年4月9日

職業と志

政治家と公務員への風当たりが、また強まってきました。

議論のプロセスを経ずに駄々をこねるだけの政治家。

「なんでこんな金額で一生を棒に振る?」と首をかしげてしまうような公務員(特に官僚)のお金に意地汚い事件。

まあ、失望するを通り越して、あきれるしかありません。



なぜ、毅然とした姿が見えてこないのでしょう?

思うに、心の中に言い訳がいっぱいだからではないでしょうか。

「親が政治家だったから、他にやりたいことがあったけどこの道に進んだ」

「学校での成績がよかったから、周囲の望む官僚の道を選んだ」

「こんな大変な仕事、誰もやりたがらない。それを引き受けてやっているんだ」



自分で決断し、自分で選んだ道。

背筋をしゃんと伸ばし、しっかりと歩いていきたいものです。

2008年4月8日

デジタルの衝撃

自宅に、約20年モノのブラウン管テレビがありました。

このたび、衝動買いでフルハイビジョンテレビに買い替え、デジタル放送に切り替えました。

デジタルのあまりの映像のシャープさに、いまさらながらビックリです。

はじめは新鮮で、あれこれ見ました。



そのうち、かつてのアナログの映像の方がほっとする気がしてきました。

なんというか、デジタルだとひとつひとつの細部まではっきり見えすぎて、情報量のインプットが多すぎる気がしてしまうのです。

アナログだと、まあ大意がわかればいいや、ぐらいの気楽さです。

20年選手のブラウン管の映りがだいぶぼやけていたので、余計そうでした。



デジタルとアナログのそれぞれの良さを感じる日々です。



そういえば、レコードからCDに変わって行ったときも、アナログの音の良さを論じる声をよく聞きました。

そのころは、音にそれほどまでに鋭敏でなかったので、ピンときませんでした。

今回は、目に見えて実感できることでもあり、「そういうことだったのか!」という感じです。

2008年4月7日

失ってわかること

失ってみて、わかることがあります。

ガソリンの暫定税率。
4月になって20円以上の値下がり。
「いままでのは一体なんだったんだ?」と思ってしまいます。
しかも、リッターあたり20円以上よけいに払って、それが国の未来のために使われ、その成果が明示されるならまだしも、お粗末な使い込みの結末ばかり聞かされるとなれば、なおさらです。

いまの政治の混乱がいいことだとは思いません。
でも、怪我の功名で、こうしたほころびから個人としての国民がいろいろなことに改めて気づいていけば、変わるのではないかと期待します。

完全に壊れて、再興して飛躍する、というサイクルを繰り返してきた日本。
いま、そのうねりの中にいるのかもしれません。

2008年4月4日

日本の凄さ

日銀総裁が空席でありながら、なにごともなく日々が成り立つ日本。

これは実は凄いことではないでしょうか。


極論を言えば、欧米型組織はリーダーありき、日本型組織は中間層以下の組織力ありき、という特徴があります。


リーダーがなくシステムが回る、ということは欧米では考えにくいでしょう。


決められない日本の情けない現状ですが、ある意味で型にとらわれない底力をもっている国だともいえます。


でも、リーダーも決められないというのは、やっぱりカッコは悪いですね。