2012年7月10日火曜日

社会に出てから役に立つ受験勉強

こどもの中学受験の年。大手塾の説明会に行ったら、「中学受験は、家族がどれだけ犠牲を払って一緒にやれるかがカギです」と言われました。そこまで犠牲を払って取り組む受験勉強、はたして社会に出てから役に立つことがどれだけあるのでしょうか?ちょっと考えてみました。中学と大学の受験を経験している私自身の私見です。

優先度付け
総合点の勝負なので、いかに多くの正解を出すかが重要となります。ぱっと見て、解けそうな問題を見極め、まずそちらを片付ける。そして時間があまったら、優先度低(難しくて時間のかかりそうな問題に取り組む。これは日々のタスク管理に通じます。

目標達成への執着
受験は、合格という明確な目標があり、日々それにどう近づくかです。期日も待ったなしです。目標達成への粘着力は、仕事でも重要です。

スケジュール力
受験には、半年から人によっては数年を費やします。それなりに長い期間となり、どのように計画を立てて実行するかという力も問われます。

言語力
国語や文章読解は、言語力を鍛えます。

図解力
グラフで2次元的にものをとらえる力が養われます。

2012年4月14日土曜日

世に棲む

ひさびさに司馬遼太郎の「世に棲む日々」を読みました。

高杉晋作は、天才的な変革リーダーです。
時代を見通す力もさることながら、「時宜を待つ」ということと、いざ幕府との戦いが始まるや素早く行動を起こすという緩急が絶妙でした。
早すぎても、緩すぎても結果は違っていたでしょう。
行動を起こす力も大切ですが、「時宜を待つ」勇気と胆力こそが変革リーダーの重要な資質だと思います。同じ「世に棲む」人間として、あらためてその生きざまにめまいを覚えました。

2011年1月27日木曜日

新聞に載る名前

新聞などのメディアに載る名前が、漢字の表記だけの場合があります。
人名は、どう読むのかわからないことがよくあり、いかがなものかと思ってしまいます。
名刺だと、たいていは裏面に英語でも表記してあったりするのでよいのですが。
ふりがなは無理にしても、かっこ付けで読みを入れてもよいのではないでしょうか?
紙面のデザイン上、許されないのかな?

2010年10月31日日曜日

施設長になった盟友

かつて、3年ほど同じ釜の飯を食い、共に飲んだくれていた盟友に8年ぶりに会って一献かわしました。

100人以上のスタッフをかかえる施設の施設長を4-5年やっているといいます。
話の内容も、いまの現場の悩みや矛盾をトツトツと事実ベースで語る、重いものでした。
20歳のころの面影を残しつつも、なんと立派なことか?

「福祉の世界も、ビジネスの世界に学ばなければいかん」
「施設長として、施設のガバナンスをどうするのがよいか、日々悩んでいる。取締役会というのは、一般の会社ではどう運営しているのか?」
「スタッフをどう評価し、給与を決めたらいいのか?」
など、必要と問題意識に迫られて、実に根源的なことを聞いてくるのが新鮮でした。
ビジネスの世界で当たり前のようになっている運営手法などが、当事者にどれだけその意味と重要性を理解されているのか、あやしいところもあります。
盟友のように、まっさらなところから、どういうやり方がよいかを自ら考えてとりいれれば、そこには暖かい血が通うでしょう。

ひさびさに「やられた!」という刺激と、うれしさのまじった一晩でした。

2010年9月12日日曜日

ヒューマンタッチ

いつもボンヤリの私は、きょうも家族と出掛けた際に地下鉄にバッグを置き忘れました。

すぐに気付いて駅員さんと相談したら、実に丁寧な対応で、いろいろと連絡をとってくれ、20分後に発見されました。発見してくれた駅までとりにいったら、そこでも丁寧な対応。
すばらしい顧客体験でした。

しかし、どこに忘れたかというときに、網棚に忘れたと言ったものの、その電車は網でなく透明のアクリルのような棚でした。
網棚というのが死語になるとして、いつまで網棚で通用するのでしょうか?
それとも、天井棚とか、透明の棚とかにいいかえるのでしょうか?
無事にバッグがでてきたうれしさからか、つい余計なことを考えました。
けっこう死語がそのまま使われるケースがあります。
電子メールのccも、いまはほとんど使わないカーボンコピーの略だし、電子メールのアイコンがたいがい封筒の絵になっているのも、電子メールで郵便が駆逐されれば、未来の人には「この絵はなに?」となるかもしれません。

2010年8月10日火曜日

丼からはみでたネギ

ラーメンの街、佐野で行列のできるラーメン屋にふらりと入ります。

人気店が移転したのか、あたらしい店でしかも午後3時過ぎなのに並んでいます。
自称ラーメン通としては、まず店をチェック。

+清潔な店内
+店員の若々しい呼び声が活気あり
+青竹打ち
+餃子の皮も手作り

-まんががおいてある
-店員が若すぎる?
-ラーメンが出てくるまで、しばらくかかる

さあ、いよいよご対面。いきなりネギがはみでている。
「神は細部に宿る」

味も、平均点以上ですが、また来る気にはならず。
なんというか、個性やパンチが足りません。
わがやいちおしの「金魚のラーメン屋」(店に入ると金魚鉢があるのでそう呼ばれている)を例に出すと、ここはラーメンとチャーシューメンしかなく、出てくるのがやたら速い。店はシンプルで新聞のみ。テーブルと座敷が効率よく回転。そして麺は青田打ちの不揃い、チャーシューは油ぎとぎとでしょっぱい。スープは最後までのみほせる魚系。個性てんこもりです。

やはり、ラーメンも人間も、面白味があるのは、まんべんなくいい人より、個性やアクの強い人なのでしょう。

などなど、またしても、ラーメン丼と真剣勝負してしまいました。
奥が深い・・・。

2010年7月17日土曜日

大村益次郎の足もとで盆踊り

靖国神社の「みたま祭り」に初めて行きました。

人出の多さにもびっくりですが、大村益次郎の銅像の下が盆踊り会場になっているのには驚きました。
益次郎の足もとをぐるぐる回りながら踊っています。
上野の山を見張っている益次郎もびっくりでしょう。

この猥雑さ、なんでもありの貪欲な胃袋のような熱気。
案外、これが日本人の不可思議な強さなのかもしれない、という気もしました。

2010年6月20日日曜日

お年寄りの受難に思うこと

お年寄りをだます事件が進化しています。

振り込め詐欺から、最近では身内や知人をかたってお金を用意させて玄関先で奪って逃げる事件まで出てきています。それも千万円単位!
身内にも、りんごやら布団やら味噌やら、カモネギとなって買わされている人がいます。
弱者をねらう卑劣な行為であることは間違いありません。
一方で、これは富が高齢者に偏在している事態を象徴するような出来事ではないか、とも思います。
お金そのものが、いまの偏った形にとどまっておられず、その匂いを嗅ぎ付けて悪知恵の働く人たちが群がってくるわけです。
それならばいっそのこと、資産税や、次世代に再分配される仕組みをシステムとして導入したほうがよほど全体の幸福にならないでしょうか?
一部の幸福が一部の不幸を呼ぶ、それがいまの世相のように感じます。

2010年6月19日土曜日

98歳の重み

今朝の朝日新聞朝刊を読んでいたら、「子どもを守る愛のきずな」というタイトルで、最近立て続けにニュースとなっている子どもの虐待事件についてのコラムがありました。

筆者は、7歳男児が虐待によって亡くなった小学校で「いのちの授業」を行い、かけがえのないいのちについて話したとのこと。
無事に生まれてくれただけでありがたい、という気持ちが子どもの成長とともに薄れ、「這えば立て、立てば歩めの親心」を高じていく、というくだりに、「その通り!」とわが意を得ました。
一方で、このような正論をまっすぐに言って、「わかっているよ、そんなこと」と思われないのだろうかと気になって筆者の名前を見たら、なんと98歳 聖路加の日野原重明さんでした。
これは重い。
年輪を重ねた人の言う言葉は、正論そのままですっと心に入ってくるものだと感心しました。
『言葉+それを発する人の気迫・重み』が伝える力を生み出しています。
肉声で聞いた人には、さらにインパクトがあったことでしょう。

2010年5月20日木曜日

閾値(いきち)

「気の持ちよう」といいますが、閾値(いきち)によって幸福度や満足度は大きく変わるように思います。

育ち盛りの頃、何を食べても美味しく、今は亡き母に「何をつくっても美味しい美味しいだから、はりあいがない」と言われたことを思い出します。
そういわれても美味しいんだから!と思ったものですが、振り返って思えば閾値の設定がかなり低いのかもしれません。
まあ、単純なのかもしれないし、些細なことで満足してしまうのだから、幸せな性格なのでしょう。
逆に、閾値の設定が高い人は、常に高いものを求める一方で、けっこう体感幸福度は上がらないのかもしれませんね。

2010年4月18日日曜日

無料の怖さ

ITの世界では、フリー戦略がヒットします。
古くはHotmailやAdobeのAcrobat Readerなど、まずユーザーを集めてしまうことが競争優位につながります。
一方で、ユーザーとしては、「タダほど高いものはない」というリスクもあります。

マイクロソフトの無料サービスを気に入って使っていたら、最近になって一部が有料となり、うっかり料金を払わずにいたらサービスが失効していました。支払いの督促を受けた認識もなく、がっくりきました。

以前にも、グーグルのgmailを18ヶ月間アクセスせずにいて失効し、そのアカウント名で再登録もできません。たとえ大容量をうたっていても、メールの蓄積はすべて失われます。規約を読むと、たしかに失効する旨が書いてありました。

いずれも、チェックを怠ったり、長い間使用していなかったユーザーが悪いということでしょうが、インターネットの世界にコンテンツをおいておくにあたっては、「タダは高い」ことを痛感しました。
痛すぎる・・・。

2010年2月28日日曜日

病み上がりの一食

風邪や発熱でしばらくダウンし、ろくに食べられず、ようやく起きられるようになっていただく一食は最高です。
私の場合には、風邪のあとはだいたい鍋焼きうどん、胃腸をやられている場合は中華料理屋の味のついたおかゆです。
体全体に熱と滋養がひろがる実感があります。
とても幸せな瞬間です。
健康に留意しようと決意するのですが、しばらくすると、また忘れてしまい、忘れた頃にまた不調になるんだなあ・・・。

2010年2月7日日曜日

人を見る眼

人の真贋を見極めるのは、つくづく難しいと思います。

最近、直接は知らないものの、その言動や著作に興味をもっていた人が2人逮捕されました。

1人は、富裕層向けのマーケティングの会社を立ち上げ、富裕層向けのインターネットサイトや雑誌を刊行していました。目の付けどころに感心していたら、ブラックな世界に足を突っ込んでいたようで、逮捕されました。娘さんはスイスのボーディングスクールに通っているということでしたが、どうしたのでしょうか?

もう1人は、経済や政治について「直言」していた人で、自分にはない視点や情報に感心していました。海外の未公開株の購入を募った件で家宅捜索。

うわべの言動にまどわされたわけですが、胡散臭さには全く気付きませんでした。
自分が甘いだけかもしれませんが、人を見る眼を鍛えなければ・・・。

2010年1月23日土曜日

シマグニコンジョー

小学校の頃、よく先生が「日本人は島国根性だから」と言っていました。

うちに帰って母に聞くと、「鎖国していたから、世界に目を向けずに内向きでとじこもっていること」と教えられ、あまり良い意味ではないのだなあ、と子供心に思いました。

最近は、島国根性という言葉時代あまり聞きません。
しかし、実態としてはいろいろな面で島国根性が進んでいるのではないかと疑ってしまいます。
自国のアイデンティティーを大切にしながらも、根性はグローバルでありたいものです。

それには、自分自身が外に出て行くのが一番。
縮んでいないで、世界を闊歩しよう!

2009年11月14日土曜日

親子と師弟

受験生のこどもと毎日葛藤というか怒鳴り合いがあります。

親としては、つい色々と口出しをしてしまいます。
こどもはそれが面白くなく、「あぁ、わかったよ、うっせーなー」となります。
そしてお互いにエスカレートしていき、最後にブチ切れるのです。

自己嫌悪におちいる中、なんでこうなるのだろうと思います。
親は「生きる」ということを全方位的に教えようとし、師弟関係であれば「技」とか「道」とかに焦点をあてて教える、というところに違いがあるのでしょうか。
種としての生存を願い、しつこくまとわりつく親は、うざい存在であり、そこから抜け出そうとして自立しようとするのであれば、うざい親にも存在価値があるのかも。

答えのない中で葛藤は続きます。
そういえば、自分も親に対して同じようにしてきたのでした・・・。

2009年10月18日日曜日

実感

あわただしく時間を過ごしていると、あまり意識することのないこと・・・。

ひとつひとつは些細なことですが、ふとそれらのことを生々しく感じるときがあります。


仕事でいえば、
  • 人と話している時の、相手の目の先や会話の間、表情の輝きと翳り
  • コーヒーの香り
  • まっさらな状態でレポートや提案書を書き始める時のドキドキ感と出来上がりを楽しみにする気持ち
  • ネクタイをピシッと締めた時のやるぞ!という感覚
  • 相手の反応をみながら、緊張感をもって進めるプレゼンテーション
プライベートでいえば、
  • 夜中にふと目覚めてみるこどもの寝顔
  • 帰宅した時の「お帰り!」の合唱
  • 朝つくる味噌汁の香りと味
  • よいドラマを家族でみて共有する空気
  • ぎゅっと握る手の感覚
こうしたことのひとつひとつが愛おしく感じられるとき、「ありがとう」の気持ちに満たされます。
これが、もっとも幸福な瞬間でしょうか。

2009年9月21日月曜日

恥知らずの文化

新幹線通勤をしているのですが、今週2つの出来事に驚きました。


まず、朝わりと混んでいる時間帯に乗車し、3人がけの真ん中の席があいていたので座りました。
すると、隣の窓際のおじさんが朝食らしきものを食べているのですが、なにかグリグリ回しているので見ると、なんと納豆をパックから食べています。
私は納豆大好きですが、さすがに通勤電車で、隣で納豆をぐりぐりかきまぜながら食べられるとうんざりします。ご本人は幸せなのかもしれませんが。

今度は、ちょっと遅めの新幹線で帰って、ホームにおりるとなにやら出口に向かる人のむれをはなれてホームの端っこに向かうおじさんがいます。
股間をまさぐっているので嫌な予感がすると、案の定ホームの端で立ち小便を始めました。

最近、電車の中での女性の化粧風景には、こちらも麻痺してきましたが、今週のアンモニア臭ただよう2つの出来事を通して、日本は「恥の文化」ならぬ「恥知らずの文化」を深めているなあと、悲しく感じ入った次第です。
精神をささえる「美学」がほしいです!

2009年8月10日月曜日

そりゃないよ、MS

Microsoftの製品の中で最も気に入っていたのは、MoneyとAccessです。

Accessは、データベースとしての使い勝手のよさから、仕事でずいぶんとお世話になりました。
そしてMoneyは、プライベートで使い続けて9年目になります。

それが、いきなりの販売終了の通知。
最近、落日を感じさせる同社ですが、少ないとはいえ熱烈な愛好家のいるアプリケーションでこの仕打ち。
PCの王者としてPCアプリケーションで覇権をなしたMSのPCアプリケーションユーザー軽視の姿勢には落胆しました。
インターネットの覇者の座を奪うために経営資源を集中するということなのでしょうが、そりゃないよ!!!

以下のサイトでの通告、あんまりです。

1998 年の Microsoft Money 日本語版リリース以来、個人ユーザー向けの資産管理ソフトとして10年以上にわたって支持を頂いてまいりましたが、米国その他地域で英語版 Money Plus Edition が販売終了となることに伴いまして、日本語版も販売を終了することとなりました。
パッケージ版については7月末をもってマイクロソフトからの出荷が終了となり、9月末までの期間で、「在庫限り販売終了」となります。ダウンロード版については9月末をもって販売終了となります。
2009年9月末以降で Money Plus Edition を購入いただく手段は原則としてなくなる見込みです。あわせまして、同ソフトのアクティベーション受付も2011年1月31日で終了いたします。
Money Plus Edition のオンライン サービス機能である「為替・株価の更新」や各金融機関の取引明細を自動でダウンロードできる「明細自動ダウンロード機能」は、2011年1月31日まで利用可能です。
2011年1月31日以降でもユーザーが各金融機関の明細照会ページから個々に手動で明細ダウンロードをおこなっていただくことで、Money Plus Edition を継続して利用いただくことは可能です。
MSN マネー残高照会サービスにつきましては現状どおり継続されますが、サービス提供期日に更新があれば改めてご案内させていただきます。

2009年8月1日土曜日

「閉」ボタンは押すがドアはおさえない

エレベータを先に降りる人が、降り際に「閉」ボタンをおしながら降りようとします。

まだ乗っている人の時間を節約しようというマナーのつもりのようです。
まことに不思議な光景です。

エレベータのドアが開ききらないうちに「閉」ボタンを押すので、閉まるはずもなく、無駄な行為です。
体は外に出ているのに手だけ中に残ってボタンを押そうとするから、危なっかしくも思います。
中には、ドアが開ききるまで体を停止して、ボタンをおして、閉まり始めるタイミングでさっと手をひっこめて去る人もいます。
ここまでくるとアクロバット的です。

一方、手で開け閉めするドアを後ろから来る人のためにおさえてあげるというマナーは、まだまだ浸透していないように感じます。
中には、おさえていてもドア係だと思うのかまっすぐ前を見てさっさと通り過ぎる人もいます。

自動ドア当たり前のタクシーもそうですが、日本人の思いやりって、ちょっと行きすぎだったり、肝心のところで抜けているところもありますね。

2009年7月18日土曜日

邪悪なるもの

テクノロジーの世界の盟主の座は、IBMからマイクロソフトへ、そしてGoogleがその座を脅かしています。

クロームOSの発表は、「ついに来たか!」という感じです。

Googleは、「邪悪にならないこと」を標榜して来ました。
しかし思うのです。
「盟主=邪悪なるもの」という避けられない構造があるのではないかと。

強大な力を持ったときに、どうやって「邪悪でない」存在であり続けるのか。
Googleにとっての最大のチャレンジは、マイクロソフトを打ち負かすことよりも、その点にあるように感じます。
「邪悪でない」と自己過信するものの心にすでに邪悪が芽生えていたとしたら・・・。
原子力発電所まで自分でもとうとするGoogle。
もしもガバナンスが狂ったら、もしも会社がテロリストに乗っ取られたら・・・。
その存在が邪悪にならないように切に願っています。