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2010年6月20日日曜日

お年寄りの受難に思うこと

お年寄りをだます事件が進化しています。

振り込め詐欺から、最近では身内や知人をかたってお金を用意させて玄関先で奪って逃げる事件まで出てきています。それも千万円単位!
身内にも、りんごやら布団やら味噌やら、カモネギとなって買わされている人がいます。
弱者をねらう卑劣な行為であることは間違いありません。
一方で、これは富が高齢者に偏在している事態を象徴するような出来事ではないか、とも思います。
お金そのものが、いまの偏った形にとどまっておられず、その匂いを嗅ぎ付けて悪知恵の働く人たちが群がってくるわけです。
それならばいっそのこと、資産税や、次世代に再分配される仕組みをシステムとして導入したほうがよほど全体の幸福にならないでしょうか?
一部の幸福が一部の不幸を呼ぶ、それがいまの世相のように感じます。

2009年9月21日月曜日

恥知らずの文化

新幹線通勤をしているのですが、今週2つの出来事に驚きました。


まず、朝わりと混んでいる時間帯に乗車し、3人がけの真ん中の席があいていたので座りました。
すると、隣の窓際のおじさんが朝食らしきものを食べているのですが、なにかグリグリ回しているので見ると、なんと納豆をパックから食べています。
私は納豆大好きですが、さすがに通勤電車で、隣で納豆をぐりぐりかきまぜながら食べられるとうんざりします。ご本人は幸せなのかもしれませんが。

今度は、ちょっと遅めの新幹線で帰って、ホームにおりるとなにやら出口に向かる人のむれをはなれてホームの端っこに向かうおじさんがいます。
股間をまさぐっているので嫌な予感がすると、案の定ホームの端で立ち小便を始めました。

最近、電車の中での女性の化粧風景には、こちらも麻痺してきましたが、今週のアンモニア臭ただよう2つの出来事を通して、日本は「恥の文化」ならぬ「恥知らずの文化」を深めているなあと、悲しく感じ入った次第です。
精神をささえる「美学」がほしいです!

2009年8月1日土曜日

「閉」ボタンは押すがドアはおさえない

エレベータを先に降りる人が、降り際に「閉」ボタンをおしながら降りようとします。

まだ乗っている人の時間を節約しようというマナーのつもりのようです。
まことに不思議な光景です。

エレベータのドアが開ききらないうちに「閉」ボタンを押すので、閉まるはずもなく、無駄な行為です。
体は外に出ているのに手だけ中に残ってボタンを押そうとするから、危なっかしくも思います。
中には、ドアが開ききるまで体を停止して、ボタンをおして、閉まり始めるタイミングでさっと手をひっこめて去る人もいます。
ここまでくるとアクロバット的です。

一方、手で開け閉めするドアを後ろから来る人のためにおさえてあげるというマナーは、まだまだ浸透していないように感じます。
中には、おさえていてもドア係だと思うのかまっすぐ前を見てさっさと通り過ぎる人もいます。

自動ドア当たり前のタクシーもそうですが、日本人の思いやりって、ちょっと行きすぎだったり、肝心のところで抜けているところもありますね。

2009年2月21日土曜日

リーダーを生まない土壌

政治が混迷しています。

支持率1%の内閣も、醜態を全世界にさらして辞任した財務相も情けないですが、それ以上にリーダーを生まないジメジメとした土壌を情けなく思います。
リーダーシップをとろうにも、まわりがよってたかってひきずりおろす。批判する。協力しない。
それではリーダーが登場するわけがありません。
Japan Post の西川さんにしたって、あの高齢で誰もやりたくない役割を受けているというのは、背筋の通った話です。
それをひきずりおろそうという動き。
魂が濁っていますよ!


2009年2月2日月曜日

朝の異様な光景

朝、東京駅で丸の内線にのり、大手町駅で乗り換えるのですが、乗るたびに悲しくなります。
大手町駅では、東京駅と反対側のドアが開くのですが、一刻もはやく降りたいという人の列が、車内で降り口のドアから見事に整列しているのです。そのために、ドア付近ではない車内の中ほどはガラガラなのに、東京駅で乗れないほどです。
なんだか、いまの日本を象徴しているような光景です。
あとから来る人におかまいなしに、先にのった人たちが既得権益(?)を譲ろうとしない。
これほどわかりやすい縮図に、この問題の難しさを痛感します。

2008年6月8日日曜日

キックバック

財務省の官僚が、深夜に帰る際に、タクシーに乗る見返りに商品券などを受け取っていたという報道。
福田首相は言語同断と言っていましたが、「またか」と思うと同時に、心底情けなくなります。

民間企業ならば、「人数が多い場合や時間的に効率的である場合のみタクシーを使うが、原則は地下鉄などの公共機関を使う」というのが当たり前でしょう。
お国のために、電車があるうちには帰れないのかもしれません・
しかし所詮は、そのような体質を変えることなく、みみっちい甘い汁を吸って自分を慰めているだけ。
志も品位もあったものではありません。

タコツボ組織に埋没していると、当り前の善悪感覚がなくなり、勘違いが増幅するからこわいものです。

2008年5月1日木曜日

ガソリン行列

ガソリン行列に並びました。
国道沿いのスタンドで、20-30台、朝からずっと並んでいるとのことです。
それぞれ10-20分待たされ、アイドリングで排気ガスは出続け、通行車両には渋滞で大迷惑。

この混乱、ますます政治不信になります。

世情にいやな空気が出始めるときというと、歴史はインフレを思い出させてくれます。
かつて来た道がまたやってこないことを切に願います。

2008年4月10日木曜日

与党と野党

いまの政治の混乱は、皮肉な意味でいろいろなことを根本から考えさせてくれます。

福田内閣が機能しているとは思えませんが、これだけ訳のわからない駄々っ子たちをかかえて、それでもまだ「そこに在る」のは、ある意味で立派です。

その心の強さの芯がどこから来るのか、なかなかできないことです。



民間企業にあてはめてみると、現経営陣の足を反対勢力が駄々をこねながらひっぱり続けているようなものです。

そんな会社の製品やサービスを、長い目で見て消費者が買い続けるでしょうか?

ある程度は、現場のがんばり・ふんばりでもつでしょう。

でも、いずれ現場も疲弊し、アホな上に嫌気がさします。



こんな簡単なこと、国家の上(?)の人たちにわかってほしいものです。

2008年4月9日水曜日

職業と志

政治家と公務員への風当たりが、また強まってきました。

議論のプロセスを経ずに駄々をこねるだけの政治家。

「なんでこんな金額で一生を棒に振る?」と首をかしげてしまうような公務員(特に官僚)のお金に意地汚い事件。

まあ、失望するを通り越して、あきれるしかありません。



なぜ、毅然とした姿が見えてこないのでしょう?

思うに、心の中に言い訳がいっぱいだからではないでしょうか。

「親が政治家だったから、他にやりたいことがあったけどこの道に進んだ」

「学校での成績がよかったから、周囲の望む官僚の道を選んだ」

「こんな大変な仕事、誰もやりたがらない。それを引き受けてやっているんだ」



自分で決断し、自分で選んだ道。

背筋をしゃんと伸ばし、しっかりと歩いていきたいものです。

2008年4月4日金曜日

日本の凄さ

日銀総裁が空席でありながら、なにごともなく日々が成り立つ日本。

これは実は凄いことではないでしょうか。


極論を言えば、欧米型組織はリーダーありき、日本型組織は中間層以下の組織力ありき、という特徴があります。


リーダーがなくシステムが回る、ということは欧米では考えにくいでしょう。


決められない日本の情けない現状ですが、ある意味で型にとらわれない底力をもっている国だともいえます。


でも、リーダーも決められないというのは、やっぱりカッコは悪いですね。

2008年3月14日金曜日

否決

次期日銀総裁候補が、参院で否決されました。
理由があってのことでしょうが、どうしても違和感があります。
1つは、対案なしに、やみくもに反対しているように思えること。
ベターな案があるのであれば出すべきだし、ないのであればベストでないにしてもセカンドベストとして了承すべきだと思います。

もう1つは、候補者の心情です。
これだけの大役をひきうけるにあたり、身を削られるであろうことに相当な覚悟もしていることでしょう。それが、ただやみくもに「反対!」と言われたのでは、燃えるような思いに水をかけられた気がするのではないでしょうか。

未来を考えず、人の気持ちを考えず、対案を出さずにただ反対という人には、失望します。

2008年3月12日水曜日

日中の人生観比較

博報堂生活総合研究所の日中生活意識調査の結果を読みました。
http://www.seikatsusoken.jp/pdf/release/20080310.pdf

中国人は、安定した会社で合理的・積極的に働き、早期リタイアしたい。

日本人は、やりがいを求めて自己実現したい。

中国人は前向きでストレスが少なく、健康意識高い。

日本人はストレスが多く、休息を求めている。

もちろん、ステレオタイプ的に見てはいけませんが、いまの両国の勢いの差が、そのまま人の意識にもあらわれているようです。

以前、大連に行ったときに、研修中の中国の若者たちのほとばしるような意欲・向上心に圧倒されたものです。

勢いも、大切ですね。

2008年3月5日水曜日

グループシナジー

3月4日の日本経済新聞朝刊の記事に笑いをもらいました。

ゆうちょ銀の資料をクロネコメール便で送っていたとのこと。

ゆうちょ銀行は入札を実施、郵便事業会社は入札に気付かなかった。

ある意味で競争原理が働いて、あぐらをかいているものはすくわれるというお手本です。

それにしても、やっぱり、このグループは大丈夫か?と思ってしまいます。

独占事業に風穴をあけている小倉昌男(故人)軍団=ヤマト運輸に拍手です。

2008年1月23日水曜日

雪

関東で久しぶりに本格的な雪です。
以前に借りていた古い一軒家には、かなり広い庭がありました。
ある冬、大雪が降り、こどもたちは庭の雪で大きな雪だるまをつくってはしゃぎました。
2-3日、雪だるまは健在でした。
寒いのはつらいですが、季節の思い出ができるのはいいことですね。

2007年12月25日火曜日

スラッシュ・キャリア

abc NEWS でOne Person, Multiple Careers というレポートを見ました。

'Slash' career というキーワードが出てきます。

コンサルタント/作家とか、アーティスト/ウェイトレスというように、1つの仕事に縛られずに複数のキャリアをもつことを指しています。

特徴として、お金を得るためのキャリア/勉強のためのキャリア/社会貢献のためのキャリア、などと目的別に複数のキャリアを使い分ける、ということがあります。


アントレプレナー(起業家精神)という言葉が随所に出てきます。

自分の身やキャリアは自分で守る、というスタンスがしっかりしているから、こういうトレンドがあるのでしょう。

2007年12月4日火曜日

政治を語らない日本人

私も含め、身の回りで政治について議論をかわすことはほとんどありません。

これは、ただひたすら不信感をうえつけられてきたために、アホらしくて何も言う気になれない、ということもあるでしょう。

某高官夫妻のゴルフ接待などで政治の空白が続くなど、何事かと思ってしまいます。

領収書問題も、民間人からしたら絶句するしかない次元の話です。

でも、自分たちの手で代表を選ぶのだという意識が薄いのも確かだと思い、反省します。

知り合いのアメリカ人青年に、日本の政治の不可思議について次々にきかれても、タジタジとして答えられない自分がいます。

まずは、政治に関心をもち、自分のことばで意見を語るところから始めようと思います。

2007年11月26日月曜日

ブラックフライデー

米国の感謝祭の翌日は、ブラックフライデーといわれ、毎年小売店は大繁盛とのことです。
ニュースで、人気店の開店とともに並んでいたお客がかけだして、押し倒されて怪我をしているシーンを映していました。
「ショッピングでは着飾ってはいけません」というコメントが笑えました。
景気の動向が心配されていますが、こうしたシーンを見ると、大丈夫という気になります。
アメリカ人の楽観さを見習い、日本のメディアももっと元気になるシーンを映してほしいと思ってしまいました。

2007年11月22日木曜日

つねに新人類

CBSの60 minutesで、The "Millennials" Are Coming というのを観ました。

1980年か1995年に誕生した世代であるGeneration Y が会社に入る波が続きます。
テクノロジーにはムチャ強いが、考え方も行動様式も「新人類」なこの世代を理解し、対応する必要があるというトーンです。

本当に異質な世代だとしたら、なにか異質なものを生み出すパワーになるのではないか、と期待できます。

この世代は、明確な理由がなくても、「You are special」というシャワーを浴びて育った世代だ、という視点が面白いです。
自分を過信して失敗することも、よい経験になるでしょう。
ドンキホーテのように、自分に制約をつけずにチャレンジできるとすれば、すばらしいと思います。

2007年11月9日金曜日

NOVA

駅前のNOVAのシャッターが閉まっています。
近くに寄ってみると、会社更生手続開始の申立に関するお知らせのほかに、外国人講師からの手書きの手紙がはってあります。
「またオープンして会えると信じています」

生徒からの手書きもいくつかあって、講師を励ましたり、再開を期す内容です。

会社の存在意義のひとつに、営業活動を通して人と人を結びつける機能があると思います。
今回、それが断ち切られてしまいました。

やりきれない気持ちになります。

2007年10月3日水曜日

首相所信表明

福田新首相の所信表明に、「自立と共生」というキーワードがありました。

これは、奥深い言葉です。

個人の自立があって、共生の意味が出てくるわけで、国に依存していて何かしてもらうのを待っているだけでは、共生ではありません。隷属です。


私見では、「自立」心に優れているとはいえない日本人。
グローバル化の掛声とともに、自分だけは「勝ち組」に入りたいという風潮。
個人の豊かな人生がワキにおかれている世相。
その中で、「自立と共生」という言葉が国民にどう受け取られるのか、興味深いところです。


一方で、期待していなかったとはいえ、資本市場や、国民のお金と向き合う力の育成といったテーマに言及がなかったのは、さびしいです。

年金問題が最大関心事だと思いますが、これも国への依存心のあらわれとすれば怖いと思います。

個人が自らのビジョンと意志で立つことで、はじめてこの国の未来の世代のことを真剣に考えた行動が生まれると信じています。