中学生の長男に、「いま流行っている言葉は何だ?」と聞きました。
ついこの間までは、By the way(ところで)という言い回しが流行っていました。
いまは、Yes, we can!だそうです。
さすがミスター オバマ。
「やったらできた!」になるかどうかは未来の人のみぞ知る-ですが、リーダーが簡潔なことばで大国をひっぱれるというのは素晴らしいです。
まだまだ、米国は偉大です。
2009年3月8日日曜日
Yes, we can
ラベル: 未来
2009年2月28日土曜日
2008年1月15日火曜日
2008年1月8日火曜日
2008年をホンモノの年に
1.子(ねずみ年)は、新しい種子の中に萌(きざ)し始める年。ホンモノの萌しが見える年に!
2.八は末広がり。末=未来の世代に継承できるものに関心が行く年に!
21世紀に入ってから、カネにうかれ、勝ち負けにうかれ、ニセモノでも結果(利益や保身)を出せばよい、というような風潮が加速しました。
その中で、もっとも被害を受けたのは、未来の世代です。
2008年を、未来の世代のための本格的な幕開けの年にしましょう!
ラベル: 未来
2007年12月21日金曜日
自由な時間の意味
「近代の労働観」(今村仁司著 岩波新書)によれば、
・古代ギリシアでは、自由な時間すなわち余暇をもつ人が格上で、労働に時間を縛られる人は格下であった。
・余暇をもつ人間は、「語ること」をもって公共の事物を運営した。
・労苦から解放されるという意味での「自由」ならびにそれを支える「余暇」は、文明の価値基準であった。
・古代の文明は、余暇の文明であり、無為を理想とする文明であった。
とあります。
西洋人が、日本人に比べて長期の休暇を義務のようにとる背景には、このような考え方があるのかもしれません。
資本主義は、勤勉であることを格上とする文明をつくりました。
自由と無為は、資本主義の辞書では「ぶらぶら、ぐーたら」ということになります。
しかし、文化的なものの多くは、自由と無為から生まれているように思います。
資本主義がますます加速化する世界において、自由と無為が対抗する「ありよう」として浮上できるのか、それによって文明の行き先が変わるように思います。
ラベル: 未来
2007年11月28日水曜日
2007年7月5日木曜日
借金世代とインターネット革命
このごろ、2つのブログを見て、ちょっと考えこみました。
1つは、Generation Debt (借金世代)についてのものです。1989年以来USで増えた富は、55歳以上の世帯主の世帯に帰属し、若い世帯はかろうじてインフレと同等か、富を増やしてはいない。若い世代は、教育期間も長くなり、婚期も遅くなり、不動産をもとうにもすでに高騰しており、年金制度等を含むSocial Benefitにおいても負担が増している、という話です。ここで紹介されているUSA Todayの記事について、enabLifeでも「時代」として記録しました。
→ 米国、1989年以降に創造された富は、55歳以上の人たちへ
もう1つは、GoBigNetwork というビジネスSNSを運営しているWilといういきのいいおにいちゃんのブログです。
30歳を超えたら失うもっとも大切なもの
MyspaceやFacebookで高校の同級生がどれだけ登録しているかをみたら、1992年の自分のクラスではたったの1人(それも自分!)、2007年のクラスをみると251人全員。いまの世代は、この文化的現象にどっぷりつかっていて、誰かと協力し合うということを意識するまでもない、ということを言っています。
これまでの経済・社会のあり方が構造的に変わらなければ、ベビーブーマーもしくは日本の団塊世代から20歳代を中心とする若い世代への富のシフトは起きにくいでしょう。
その構造を変える(可能性をもっている)のが、インターネットであり、若い世代はインターネットでのネットワーキングや行動様式が息をするのと同じぐらい自然にできる世代だということです。
意識しないと(あるいは意識していても)行動様式の変化が遅い世代と、過去にとらわれない(あるいは知らない)世代。
インターネット革命が、次の世代に、いまはない形の幸せをもたらすことを願っています。
ラベル: 未来