かつて、3年ほど同じ釜の飯を食い、共に飲んだくれていた盟友に8年ぶりに会って一献かわしました。
2010年10月31日日曜日
施設長になった盟友
2010年9月12日日曜日
ヒューマンタッチ
いつもボンヤリの私は、きょうも家族と出掛けた際に地下鉄にバッグを置き忘れました。
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2009年6月28日日曜日
平凡の偉大さ
約20年ぶり(?)に母校を訪ねる機会がありました。
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2008年5月17日土曜日
エッセーの力
著名人のエッセーも面白いですが、一般の人の何気ないエッセーにはっとすることがあります。
(ブログもそうですね。)
町内の回覧で回ってくる社協の広報誌にのっていた、聴覚障害者の女性のエッセーがそうでした。
このような内容です。
友人とレストランに行ってメニューを指さしながら注文したら、若いウェイトレスが同じようにメニューを指さしながら確認してくれた。しぐさがろうあ者そっくりで、実にわかりやすい。
ほかのお客への応対をみていると、普通に言葉をかわしながら確認しており、それぞれのお客に合わせた応対が無意識にできている。
友人と、彼女はCODA(コーダ)に違いないと話した。
CODAというのは、ろうの両親をもつ聞こえる子どものこと。
彼女のように気の利くやさしいウェイトレスがたくさんいてくれたら嬉しい。
静かな文章ですが、ガツンとくるパワーをもっています。
- 注文の確認をぺらぺらしゃべられても、聞こえなかったら困るよなあ。でも、迷惑そうにまくしたてるだけのウェイトレスもいるのだろうなあ
- CODA(Children of Deaf Adults)という言葉すら知らなかった。苦労し、悩んで成長するのだろうけど、きっと心やさしい人間になるだろうな
- バリアフリーとかなんとかいうけど、1人1人の個人が、相手の立場にたって共感したり、理解することが基本だよな
- ウェイトレスのプロというべき彼女に見習うことは多いな
などなど、いろいろと考えさせてくれ、またうれしい気持ちと希望をくれます。
なんだか、心にずっしりときました。
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2008年4月25日金曜日
すでにもっているものを見直してみる
今週は、メルマガのコラムで、いいなあと思うものがありました。
マネックス・メールに寄稿しているファイナンシャルプランナーの中村芳子さんのコラムです。
マネックスメール<第2142号 2008年4月23日(水)夕方発行>
「もっと・・・を!」という強迫観念をすりこまれている私たち。
これでは、いつまでも追いかけられているようなものです。
そうです。
すでにもっているものに感謝し、楽しむことを忘れてました!
ファイナンシャルプランというと、「お金を増やす」ということに目が行きがちですが、このコラムのような観点はとても貴重だと思いました。
名コラムです。
と思ったら、休職されるとのことで、ちょっと残念。
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2008年4月3日木曜日
2008年3月25日火曜日
2008年3月3日月曜日
2008年2月25日月曜日
2007年12月11日火曜日
一芸に秀でる
マラソン大会があり、娘と親子ペアというので2km一緒に走りました。
風が強かったのですが、天気が最高で、気分爽快でした。
ゲストに増田明美さんが来て、ワンポイントレッスンをしました。
「マラソンで勝つためにしたことは?」という観衆(こども)からの問いに、
「毎日1時間半かけて腹筋を3千回した。
なにか1つ、これは自分しか絶対やっていない、というものがあると、本番で支えになる。
私も、レースのスタートでは大きい外国人に囲まれてドキドキしたが、きっとみんな腹筋3千回はやっていない、と思うと落ち着いてスタートできた。」
と答えていました。
やっぱり、一流の人は違うなあ、と感じた瞬間でした。
御主人が横におられて、「この人(夫)は、今年の東京マラソンでゼッケンに『増田明美の夫』と書いて走ったんですよ」とのろけていたのが微笑ましかったです。
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2007年12月7日金曜日
2007年11月8日木曜日
たった一人のたたかい
混合診療を保険適用外とするのは違法とする判断が東京地裁で示されました。
訴えたのは、腎臓がんの治療のために保険適用となる治療と適用外の治療を併用する混合治療を受けた60歳の男性です。
現行制度では、混合治療だと、保険適用の治療も自己負担となるとのこと。
これには、賛否あるようで、むずかしい判断なのだろうと思います。
ただ、私が感嘆したのは、原告がたったひとりでたたかったということです。
こんな裁判は絶対に負けると、弁護士がひとりも受けてくれなかったそうです。
すでにがんとたたかいながら、強い意志をもってもうひとつのたたかいを一人でやり抜いた原告の姿に、感動しました。
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2007年11月1日木曜日
途中でやめなければ、必ず成功する
20年以上前に、田原総一朗がミサワホームの三沢千代治社長(当時)にインタビューし、こう書いています。
「失敗、つまり不成功というのは途中でやめてしまうためで、何事も途中でやめなければ、いつかは必ず成功するのだというのである。恐るべきオプティミズム・・・。」
「三沢は、『途中でやめなければ、必ず成功する』というオプティミズムを持て!といいたかったのだろう。」
(出典:「日本の創業超資産家たち」田原総一朗著、徳間書店)
とても深いことばです。
肩肘をはらず、やりつづける。
これを銘としたいものです。
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2007年10月9日火曜日
2007年10月5日金曜日
さりげなさ
いきつけの蕎麦屋に行くと、滅多にないほど混雑していて、待っている人の中に知人Aさんがいました。
Aさんは、その友人Bさん(私の知らない方)と一緒に待っていました。
いっしょに食べようということで、3人で待ちました。
大きなテーブルにつくと、Bさんの隣にいて、すでにそばをすすっていた方(Cさんとしましょう)は、どうやらBさんとお知り合いのようです。私たちの蕎麦が運ばれてきて、Cさんは食べ終えたので「お先に!」と席を立ちました。
おいしい蕎麦を食べ終え、会計しようとすると、なんと「もう先ほどの方(Cさん)がまとめてすませていかれました」とのこと。
Bさんや、その友人のAさんの分まではともかく、見ず知らずの私の分まで会計してくださっていたのです。
聞くと、このあたりでは名の知れた会社の社長さんとのこと。
なんともさりげなく、ありがたいことでした。
さりげない、という言葉の意味をあらためてかみしめました。
それにしても、お礼どころか挨拶することすらしませんでした・・・。
ご馳走様でした!
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2007年9月10日月曜日
2007年9月4日火曜日
不撓不屈
「不撓不屈」(高杉良 著、新潮社 刊)を読みました。
私が生まれる前の「飯塚事件」について、お恥ずかしながらはじめて知りました。
また、昨年に映画化されていることもやっと知った次第です。
自分の住む栃木県に、飯塚毅氏のような偉人がいたとは・・・。
禅で見性を許され、世界の税法や会計実務に精通し、英語とドイツ語を自由に操り、TKC(東証一部上場企業)を創業。
信念を貫き、言うべきことを言い、権力の理不尽にも屈しなかった。
彼を応援して国会で国税庁長官を追求した渡辺美智男氏(当時代議士1年生)の弁舌もたいしたものです。ミッチーがこのような活躍をしていたということも初めて知りました。
平成4年に同氏が国会で意見陳述している姿をビデオで見ることもできます。
http://dr.takeshi-iizuka.jp/proposal/media/movie-07.html
大蔵官僚にチクリとやるどころか、ズケズケと法案の欠陥を指摘するあたり、彼の生き様・信念を垣間見ることができます。
飯塚事件の象徴は、メンツやプライドにこだわる高級官僚の暴走と無責任さです。40年以上がたった今、官僚主義の負の面はどれだけ正されたでしょうか?ちょっと暗い気持ちになります。
もっとも感動したのは、暴走の主導者である安井誠関東信越国税局直税部長(当時)に対して、損害賠償・名誉毀損等の訴訟を起こさなかったことです。飯塚氏の師である植木義雄(ぎゆう)老師の禅語「鑊湯無冷處(かくとうにれいしょなし)」(煮えたぎったお湯は冷やしようがない)に従って、訴訟を起こさなかったようです。「許すことほど完璧な復讐はない。」(Josh Billings)という言葉を思い出します。
安井氏は、その後大蔵省では証券局長にまで上り詰め、後にいくつかの生命保険会社などに天下りました。高級官僚として、絵にかいたような成功・勝ち組みでしょう。一方で、未来永劫、彼の事件での活躍(?)ぶりは記録として残ります。
個人の力の底知れなさをあらためて実感させて下さった飯塚毅さん、そしてこのような歴史上の重大事件と偉人の生き様を小説として残して下さった高杉良さん、ありがとうございました。
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2007年7月17日火曜日
お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい
金曜ドラマで、「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」を見ました。
重度の脳性まひのやっちゃんが書いたこの詩を私が知ったのは、20年以上前のことです。
悲しい詩だなと思うとともに、「ごめんなさい」と言わなくてすむ世の中になってほしい、という願いがこめられていたと知って、やっちゃんの強い意志と勇気を感じました。
いま、こどもたちの父としてあらためてこの詩を読むと、親子の愛情と絆が感じられてきます。
やっちゃんは、おかあさんと一体化しているぐらいにおかあさんを愛し、その感謝の気持ちがそのままこの詩になったように感じられるのです。
それにしても、この詩が生まれて30年がたって、やっちゃんに見せてあげたい世の中になったでしょうか。
ごめんなさいね おかあさん
ごめんなさいね おかあさん
ぼくが生まれて ごめんなさい
ぼくを背負う かあさんの
細いうなじに ぼくはいう
ぼくさえ 生まれなかったら
かあさんの しらがもなかったろうね
大きくなった このぼくを
背負って歩く 悲しさも
「かたわな子だね」とふりかえる
つめたい視線に 泣くことも
ぼくさえ 生まれなかったら
ありがとう おかあさん
ありがとう おかあさん
おかあさんが いるかぎり
ぼくは生きていくのです
脳性マヒを 生きていく
やさしさこそが 大切で
悲しさこそが 美しい
そんな 人の生き方を
教えてくれた おかあさん
おかあさん
あなたがそこに いるかぎり
(「お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい」 向野 幾世 (著) 産経新聞ニュースサービスより引用)
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