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2010年5月20日木曜日

閾値(いきち)

「気の持ちよう」といいますが、閾値(いきち)によって幸福度や満足度は大きく変わるように思います。

育ち盛りの頃、何を食べても美味しく、今は亡き母に「何をつくっても美味しい美味しいだから、はりあいがない」と言われたことを思い出します。
そういわれても美味しいんだから!と思ったものですが、振り返って思えば閾値の設定がかなり低いのかもしれません。
まあ、単純なのかもしれないし、些細なことで満足してしまうのだから、幸せな性格なのでしょう。
逆に、閾値の設定が高い人は、常に高いものを求める一方で、けっこう体感幸福度は上がらないのかもしれませんね。

2008年7月20日日曜日

好きな作家

好みというか、相性というのは、不思議なものです。
好きな作家というのが何人かいますが、その1人にジェフリー・アーチャーがいます。
この人は、ご自身の人生も波乱万丈のようですが、ずばぬけたストーリーテラーだと思います。
ふと、まだ読んでいなかった作品を見つけ、読みだしたのですが、とまりません。
いきなり冒頭からひきこまれてしまいます。
なにか、読んだとたんにスイッチがカチッと入る感じです。

相性で人生の選択や喜びがかなり左右されてしまうとしたら、ちょっとこわいような、もったいないような気もします。
でも、それが人間というものなのでしょうね。

2008年7月13日日曜日

目

人と話しているときに、その人についての印象の多くが、目によって決まります。
なんとなくぱっとしない人でも、話すうちに目がキラキラと輝く人。
自信のあらわれのような強い目をもつ人。
いかにも押し出しが強くても、目がドヨーンとしている人。

きっと、その人と話す中で形成されてくる、その人への理解とイメージが、目に映っているような気がしているのだと思います。
そうだとしても、やっぱり目が語るものに興味をもちつつ、目を見て話していきたいと思います。

2008年2月15日金曜日

場をつかむ

寄席で感心するのは、噺家やいろいろな芸人の場をつかむ能力です。
席を立った人がいると、「みんな帰っちまう」とぼやいたり、席をさがしている人がいると壇上から「そこがあいてますよー!」と誘導したり。
天性のファシリテーターではないかと思います。
間の取り方、呼吸、雰囲気のつかみ、など参考になることが盛りだくさんです。
血のにじむような修行があってこその能力なのでしょうね。

2008年2月14日木曜日

目は口ほどに物をいう

話をしているときに、目を見ていると、いろいろなことが伝わってきます。
  • 表面上は関心をもっているようだが、心ここにあらず。
  • 言葉は少ないが、きらきらと好奇心をもって聞いている。
  • 感情や共感が感じられない。
  • こちらを値踏みしている。
などなど。

もちろん、こちらの主観なので、実際には相手の考えていることは違うのかもしれません。
でも、口から出す言葉がその人の考えを伝える手段であるのと同じように、目もその手段のひとつであるとすれば、目は口ほどに物をいいます。

まあ、これが人と接することのこわさでもあり、おもしろさでもありますね。

2008年1月16日水曜日

体調がもどり・・・

風邪をこじらせてしまい、4日間ほど身体の活動が停滞しました。
いつものことながら、体調がもどると、あたりまえのことのありがたさが身にしみます。

ふりかえってみると、体調のよいときに起こす行動は、どんなささいなレベルでも、けっこう考えなしだったりします。
よくいえば、勢いがある。いいかえれば、調子に乗っているのでしょう。

体調のよくないときに起こす行動は、苦しい思いをしながらのまさに苦渋のものなので、あとでジワジワときいてきたりします。また、忘れられません。

それぞれ、良い面もあり、そうでない面もあり。
自分なりに、そういうものだと評価しつつ、使い分けてみましょう。

2007年12月10日月曜日

迂闊

「ああ、しまった!」と思うことがあります。
自分の迂闊さに呆れます。

「ああすべきだった」、「どうして△△しなかったのだろう?」などというおもいが頭の中をグルグルまわります。

過去は変えられません。次は迂闊にならないように、学び取ろうと前向きに考えたいものです。

そうはいっても、すぐには気持ちを切り替えられない・・・。
そういうときは、しばらく歩いたり、映画をみたりして、身体と脳のスイッチを切り替えるようにしています。

迂闊でない自分になりたいのですが、ナントカは死ななきゃ(死んでも?)直らないようです。
こういうことの繰り返しで、思わぬめっけものの体験をできたりもします。
負け惜しみですね・・・。

2007年11月29日木曜日

ほめことばと責めことば

ほめことばと責めことばがあります。

ほめことばは、

  • とてもおいしい。
  • とてもよくできている。
  • 私は感心した。

などなど、言う側も言われる側も心が積極的になります。

つらいのは、責めことばです。
  • (どうして)△△しないの?
  • それがいけないんじゃない?
  • △△しないと可哀そうだよ
  • それでどうしてうまくいくの?

自分がつい他人に責めことばを使っていることに気づくとゾッとします。

また、少し気分が落ち込んでいるときなどに、責めことばをくらうと、けっこうききます。

ことばの力は絶大なので、よくよく考えて大切にしながらことばを発していきたいと思います。

2007年10月12日金曜日

ある日系人女性裁判官の話

ハワイで裁判官を20年以上勤め上げてリタイアした日系人女性の話を聞く機会がありました。
法曹界において、女性で日系人というマイノリティとして、幾多の苦労をのりこえて活躍されたのだろうと思います。

日本の裁判員制度については、あちらの法曹界もかなり関心をもっているとのことでした。
陪審員制度については、陪審員はどうしても甘くなりがちだそうです。
例としてあげていたのは、DV(家庭内暴力)の裁判では、裁判官が判決をくだすと9割以上が有罪、陪審員が評決をくだすと9割以上無罪というデータです。
では、陪審員制度のメリットはなにかと問うと、「裁判制度に、自分たちも関与している」という意識づけだといいます。さすがは民主主義の国ですね。

最後に、"I am very grateful" (とても感謝しています)と話してくださったのが印象的でした。
日本人の血と考え方を受け継ぎ、目上のロールモデルたちの助言を素直に受け入れることができ、やってこれたことに感謝している、とのことでした。

とても充実した、幸せに満ちた人生の空気を感じさせてもらいました。

2007年8月28日火曜日

感謝

朝、めざめとともにいろいろなことへの感謝の気持ちが次から次へとわいてきました。

1日のよいスタートだと思っていると、以前に勤めていた会社の同僚からうれしいメールです。昇進した、ぜひいろいろアドバイスをくれ、という内容でした。

おめでとうと言うことができ、自分も感謝することができると、とても幸せな気持ちになります。

この感情こそが、人間が人間たるゆえんでしょう。

2007年8月8日水曜日

激する

暑さでイライラし、こどもはカオス状態なので、激することが多いこの頃です。
おとなが自分だけだと、ひとりで激してどんどんエスカレートし、手をあげてしまうこともしばしばです。
ところが、妻がいると、彼女は彼女で激します。激している人をみていると、不思議とこちらは激する気がしなくなってしまうのです。
むしろ、冷静に事態をみて、「まあまあ」などとなだめたりすることもある始末です。
これは、「激すると、あのように鬼の形相になるから、やめておこう」と思うからなのか、自然と「怒り役」と「なだめ役」に役割分担しようと体が動くのか・・・。
自分でも不明ですが、人間の感情というのはわからないなあ、としみじみ思います。