「気の持ちよう」といいますが、閾値(いきち)によって幸福度や満足度は大きく変わるように思います。
2010年5月20日木曜日
2008年7月20日日曜日
2008年7月13日日曜日
2008年2月15日金曜日
2008年2月14日木曜日
目は口ほどに物をいう
- 表面上は関心をもっているようだが、心ここにあらず。
- 言葉は少ないが、きらきらと好奇心をもって聞いている。
- 感情や共感が感じられない。
- こちらを値踏みしている。
ラベル: 感情
2008年1月16日水曜日
2007年12月10日月曜日
迂闊
「ああ、しまった!」と思うことがあります。
自分の迂闊さに呆れます。
「ああすべきだった」、「どうして△△しなかったのだろう?」などというおもいが頭の中をグルグルまわります。
過去は変えられません。次は迂闊にならないように、学び取ろうと前向きに考えたいものです。
そうはいっても、すぐには気持ちを切り替えられない・・・。
そういうときは、しばらく歩いたり、映画をみたりして、身体と脳のスイッチを切り替えるようにしています。
迂闊でない自分になりたいのですが、ナントカは死ななきゃ(死んでも?)直らないようです。
こういうことの繰り返しで、思わぬめっけものの体験をできたりもします。
負け惜しみですね・・・。
ラベル: 感情
2007年11月29日木曜日
ほめことばと責めことば
ほめことばと責めことばがあります。
ほめことばは、
- とてもおいしい。
- とてもよくできている。
- 私は感心した。
などなど、言う側も言われる側も心が積極的になります。
つらいのは、責めことばです。- (どうして)△△しないの?
- それがいけないんじゃない?
- △△しないと可哀そうだよ
- それでどうしてうまくいくの?
自分がつい他人に責めことばを使っていることに気づくとゾッとします。
また、少し気分が落ち込んでいるときなどに、責めことばをくらうと、けっこうききます。
ことばの力は絶大なので、よくよく考えて大切にしながらことばを発していきたいと思います。
ラベル: 感情
2007年10月12日金曜日
ある日系人女性裁判官の話
ハワイで裁判官を20年以上勤め上げてリタイアした日系人女性の話を聞く機会がありました。
法曹界において、女性で日系人というマイノリティとして、幾多の苦労をのりこえて活躍されたのだろうと思います。
日本の裁判員制度については、あちらの法曹界もかなり関心をもっているとのことでした。
陪審員制度については、陪審員はどうしても甘くなりがちだそうです。
例としてあげていたのは、DV(家庭内暴力)の裁判では、裁判官が判決をくだすと9割以上が有罪、陪審員が評決をくだすと9割以上無罪というデータです。
では、陪審員制度のメリットはなにかと問うと、「裁判制度に、自分たちも関与している」という意識づけだといいます。さすがは民主主義の国ですね。
最後に、"I am very grateful" (とても感謝しています)と話してくださったのが印象的でした。
日本人の血と考え方を受け継ぎ、目上のロールモデルたちの助言を素直に受け入れることができ、やってこれたことに感謝している、とのことでした。
とても充実した、幸せに満ちた人生の空気を感じさせてもらいました。
ラベル: 感情
2007年8月28日火曜日
2007年8月8日水曜日
激する
暑さでイライラし、こどもはカオス状態なので、激することが多いこの頃です。
おとなが自分だけだと、ひとりで激してどんどんエスカレートし、手をあげてしまうこともしばしばです。
ところが、妻がいると、彼女は彼女で激します。激している人をみていると、不思議とこちらは激する気がしなくなってしまうのです。
むしろ、冷静に事態をみて、「まあまあ」などとなだめたりすることもある始末です。
これは、「激すると、あのように鬼の形相になるから、やめておこう」と思うからなのか、自然と「怒り役」と「なだめ役」に役割分担しようと体が動くのか・・・。
自分でも不明ですが、人間の感情というのはわからないなあ、としみじみ思います。
ラベル: 感情
